三田佳子の若い頃 デビューから「Wの悲劇」まで画像比較 体形は変わらず

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女優の三田佳子さんを最近はTVでお目にかかることが少なくなりましたが、時折TVでドラマや映画の再放送で三田佳子さんを見かけるとあ~やっぱり三田佳子さんは大女優だ!と感じます。

残念ながらご次男の5度に及ぶ逮捕騒動が三田佳子さんの女優生命を疲弊させてしまったようにも見えます。

息子が5回も逮捕されれば女優でなくても消耗しますよね💦

三田佳子さんのお若い頃の画像を見ながら大女優の前半生を振り返ってみましょう。

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若い頃は「トチりの佳子ちゃん」

1941年生まれの三田佳子さんはラジオで中学生の時に森繁久彌さんの娘役でデビューしました。

今の三田佳子さんからは想像もできませんが、お若いころはNGシーンを出すことが多かったそうで

「トチリの佳子ちゃん」というニックネームが付いていたそうです。

そして1960年に東映に入社し映画の「殺られてたまるか」で主役級の役デビューしました。

とてもお綺麗ですね!このデビュー作から主役級の役、というのは三田佳子さんが持つオーラのようなものがお若い頃からあふれていたのでしょうね。
あっという間に東映の看板女優になりました。

写真で見ると、今よりも若さが持つ特有の張りのようなものを感じますね。

上の写真は1960年の「ボス表へ出ろ」ですが、左側の男性お分かりになりますか?

なんと、あの梅宮辰夫さんです。梅宮辰夫さんの晩年も渋くて素敵でしたけれどお若い頃は細くてイケメンでしたね。お若い三田佳子さんとお似合い!

 

この写真ですと、今の三田佳子さんの面影が少し見えますね。
うりざね顔ですっとした鼻、
少し目じりの上がった目
そしてふっくらした唇。
髪型も昭和感が見事に出ている感じ!

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1967年に東映を退社するまでの間常に第一線の主演女優で東映を支える柱でもありました。

Wの悲劇で各映画賞総なめ

1984年の「Wの悲劇」ではその演技力が高く評価され、各賞を総なめしたと言われています。

三田佳子さん43歳の時の作品です。

 右側は薬師丸ひろ子さん

映画の中で「女優」の役をされたのですが、やはりお化粧や衣装が「昭和感」に溢れている感じですね。

現在の三田佳子さん

女優としては順風な人生を歩んでこられましたが、次男が覚せい剤の使用等により5回にわたる逮捕歴があり家庭では苦難の多い人生です。
そのことで三田佳子さんが責任を取ってお仕事を休まざるを得ませんでした。
子供が未成年のうちは親の責任が問われても当然かもしれませんが、成人した次男の犯罪によってこれだけ立派な女優さんが排除されるというのはなかなかつらいものがあります。

180坪もの土地に10億円の費用をかけたと言われるご自宅を処分し、現在はマンションにお住まいとのことです。

三田佳子さんが今後も女優として活躍されようにと願ってやみません。

 

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