林修の嫁・林裕子の学歴や職業、年齢は?旦那との馴れ初めや夫婦仲も調査!

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「いつやるの?今でしょ!」という予備校講師でありタレントである林修先生のお得意のフレーズは多くの人が一度は耳にしていると思います。

人気の林修先生は独身のイメージがありますが、実は結婚されています奥様の林裕子さんは産婦人科医でいらっしゃいます。

産婦人科医、という職業を聞いただけで相当な才媛ということがわかりますが、あの林修先生の奥様です。頭の回転が速くないと務まらないように思います。出身大学等を調べてみました。

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林修先生の嫁林裕子さんの学歴と年齢

嫁 林裕子さんの年齢

林裕子さんは林修先生の12歳下、だそうです。

林修先生は1965年生まれでいらっしゃるので、奥様は1977年生まれかと思われます。

2020年現在で林修先生は55歳、奥様は43歳ですね。

お二人の出会い

林修先生とは12歳も年齢が離れていらっしゃることからお二人の出会いは先生と生徒?という説もありましたが、お二人ともそのことは否定をされています。

2000年に結婚されたお二人の馴れ初めについては夫婦の間で、‶一切明かさないように、非公開にしておこう″と決められたとのことでお話しにならないので真相はわかりません。2000年というと林裕子さんはまだ医学部生の時ですね。

内緒、と言われると、より一層知りたくなるのが人情です・・・。が、お二人の思いを尊重して深追いしないことにしましょう(笑)

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嫁 林裕子さんの学歴

2000年に林修先生と結婚された奥様林裕子さんの出身大学は名古屋市立大学医学部卒と言われています。

医学部はどこの大学部も難関ですが、名古屋市立大学の医学部は中でもかなり優秀で

偏差値は69.8と評価され、超難関、です!

ご夫妻はお互いをどう思っている?

東大法学部卒の超秀才と、名古屋市立大学医学部卒の優秀な女医、が夫婦になると・・・一体お互いをどのように感じていらっしゃるのでしょうか、ちょっと気になります。

ご夫妻でTV「おしゃれイズム」に出演されたときお互いを「頭がいい、優秀」と褒めあっていらっしゃいました。

林先生は奥様の裕子さんを

「ホントに優秀。出会った女性で一番優秀な方を選んで結婚した」

とおっしゃり奥様の裕子さんは林先生を

「頭いいし、やさしい。点数をつけるなら90点」

とおっしゃっています。
そのセリフ、言われてみたいし💦言ってみたい💦。。。。

林修先生にお子様はいる?

子供がいることをTVで初告白

林修先生はTVでもご自身のお子さまの話をしたことが無かったので、それまでお子様はいらっしゃらないと思われていましたが、林修先生がMCを務める日本テレビ系特番『グサッとアカデミア』の2018年3月8日放送分で、息子がいることを初告白しました。そのことはネットでも騒ぎになったそうです。

林修先生が50歳、奥様の裕子さんが38歳の時に生まれたお子様で、その番組が放送された当時は2歳でした。ということはお子様は2016年生まれかと。2020年現在4歳のかわいい盛りですね。

林修先生がパパで林裕子さんがママだったらお子様はどんなに賢い子でしょう!?

林修先生の我が子への教育方法

当時2歳の息子さんが「よく分かんないくせに新聞とか見てるんですよ」と林先生が日常を明かされました。

林先生は新聞を見る2歳の息子に「仮想通貨NEM(ネム)」の流出問題など時事問題を扱う新聞記事を読んで聞かせているそうです。素晴らしい!!!その発想は凡人の私には有りませんでした・・。

林先生ならではの高度な教育方法を次のように語りました。

「例えば”NEM、ニュージーランドへ流出か”みたいのとかね、そのまま読みます」

「僕の考えなんですけど、全部分かるように小さい時から教える必要はないと思っているんですよ。分かる部分だけ分かりなさいって。分かんないもんガンガンぶつけてやろうって。僕自身が小さいころ、分かんないままなのいっぱいあったんですよ。でも、いいやと。そのうち分かるだろうと思って。で、何年か経って、これってこういうことだったかっていうのがすごく楽しかったのね。ですから、子ども用にかみ砕かないで、ガンガンぶつけていってやろうと思ってるんですけど」。

林修先生と林裕子さんの息子さんなら、早いうちに理解しそうですね。

林修先生が予備校の先生になるまで

今でこそ、林修先生を知らない人はいない、というくらいの有名な先生でいらっしゃいますが、予備校の先生になるまでは大変な人生だったようで、つぎのように語られています。

東京大学卒業後は、日本長期信用銀行に入行し、エリート銀行員としての道に進むも、わずか数カ月で退社。その理由について林氏は番組内で、次のように話している。
「入行してすぐ、(長銀が描く)右肩上がりの図がどうなるかをずっとシミュレーションしていた。最初の1週間で『この会社は潰れる』と確信した(編註:のち98年に実質破綻)。それがわかったら、もうそこにいる意味はなかった」

しかし、退社後には林氏にとって人生1つ目の大きな挫折が待っていた。競馬や株などのギャンブルに明け暮れ、「少し儲けたら、大きく損をする」の繰り返しで多額の借金をつくり、3年間ほど自堕落な生活を送った。林氏は当時について「ほとんど記憶がない」と語っている。

そうした中、一念発起し社会復帰を目指した林氏は、東大時代の家庭教師のアルバイトを通じて見つけた自分の才能である「勉強を教えること」を仕事にするため、塾講師の仕事につき、1992年、ついに現在所属する東進ハイスクールへ転身、予備校講師となる。

いろいろな失敗を重ねて現在の成功を手に入れたのだと知り、驚きました。

林修先生の講義を聞いたおかげで合格を手にした生徒の数は限りなくいらっしゃるでしょうから、その生徒たちにとっても、林先生が予備校の先生になられたことは幸せなことですね。

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