中村倫也の若い頃 ムロツヨシとの喧嘩の詳細!暗黒期を救った言葉は?

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中村倫也さんは爽やかで素敵なイケメンですがご本人がおっしゃるには暗黒期があったそうです。

順風漫歩できた芸能活動だと思えたのでとても意外です。でも、その暗黒期を乗り越えたからこその今だと思います。

暗黒時代を乗り越えるにあたってキッカケを与えてくれた人がいたそうです。

一体誰がどんなきっかけを中村倫也さんに与えたのか、詳しく調べてみました。

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中村倫也の「暗黒時代」はいつ?

 

 

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中村倫也さんはご自身で20歳から25歳くらいまでを「暗黒時代」とおっしゃっています。その時期は「荒(すさ)みまくっていた」そうです。

普通20~25歳くらいというと、一般社会では働きだして段々自信もつき学生時代とは違った自立した青春時代、かと思いますが、中村倫也さんは暗黒期だったなんて随分と大変でしたね。

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18歳でデビューした中村倫也

1986年12月24日生まれの中村倫也さんは2021年現在34歳です。

子供時代の中村倫也さんはサッカーが得意で熱中していました。

そして高校はサッカーの強豪校に入学しました。が、当然のことながらサッカー部内では非常に競争が厳しく、楽しくサッカーをしたいと思っていた中村倫也さんは、自分の求めていたサッカーとは違ったことに違和感を感じ1年生の時にサッカーを辞めてしまいました。

そしてちょうどそのころ、芸能界へのご縁がありました。中村倫也さんのクラスメイトの知り合いで芸能プロダクションで働いている人がいました。その人が、プリクラに写っている中村倫也を見て、目を付けたのです。プロってすごいですね!プリクラからその人が芸能界でやっていけるか可能性を見抜くのですから。そしてその芸能プロダクションの人は中村倫也さんに電話をかけて「芸能界に興味はある?」と聞いてきました。

そのころ中村倫也さんはサッカーを辞めたころだったので、軽い気持ちで芸能界入りをすることを決めたそうです。

とは言え、高校生の時には芸能界の仕事はほとんどなく普通の高校生生活を送っていました。仕事はありませんでしたが、芸能事務所が経営している「Artist☆Artist」に通って演技の勉強を続けていたそうです。

そのコツコツとした勉強が実るときが2005年19歳の時にやってきました。2005年に「七人の弔」という映画で渡辺いっけいさんの息子役でデビューしたのです。


そして同じ年に「H2~君といた日々~」でテレビドラマもデビューを果たします。更にNHKの連続テレビ小説「風のハルカ」出演、と高校を卒業してからは順風漫歩で芸能人として進んでいるように思えます。

が、その後中村倫也さんにぱったりと仕事が来なくなってしまったのです。

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暗黒時代 中村倫也に仕事が無かった 20~25歳

 

 

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順調に滑り出したかと思った中村倫也さんの芸能生活ですが中村倫也さんが20~25歳の間は仕事が来なかったのでアルバイトをしながらしのいでいたそうです。

そのころの中村倫也さんはご自身がおしゃるに荒(すさ)んでいたそうです。

当時中村倫也さんはオーディションを受けても自己をPRするための何もしませんでした。他の人は自分を認めてもらいたくて、得意なことをPRするなか、何もしなければなかなかオーディションに合格することは難しいのです。そのころのことを中村倫也さんはご自身で「当時は生意気でトガっていた」とおっしゃっています。

が、テレビや映画の仕事がこなくても舞台の仕事はホソボソとやっていてので、より一層その舞台が自分の居場所を思い込んでいた節もあるようです。

また、当時はイケメンドラマが流行っていた頃で、なぜか中村倫也さんには声がかかりませんでした。更に、そのイケメンドラマに出ている若手の俳優はお芝居よりも飲みに行くことの方が好きな同年代の人たちでそのことも中村倫也さんの自尊心を傷つけることに繋がったのです。

一方、その中村倫也さんの暗黒時代を支え続けた俳優仲間もいました。、演出家の河原雅彦さん、先輩俳優の古田新太さん、堤真一さん、八嶋智人さん、そしてムロツヨシさん。

中でもムロツヨシさんは中村倫也さんが暗黒時代から抜け出すためにきかっけを与えてくれた人でした。

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中村倫也の暗黒時代を救ったのはムロツヨシの一言

ムロツヨシさんは当時舞台『muro式』を主宰していました。中村倫也さんは23歳の時にムロツヨシさんに直談判して『muro式』に出演させてもらったのです。

ムロさんは1976年生まれですので中村倫也さんより10歳年上ですが、お互い無名時代の頃から面識がありました。そしてムロツヨシさんが売れ出し中村倫也さんが暗黒時代に突入しても、ムロツヨシさんは中村倫也さんのことを気にしてずっと見てきたそうです。そしてその暗黒時代にムロツヨシさんは中村倫也と飲みに行ったことがあります。その時の中村倫也さんは

「斜に構えた、腐ったことばかり言っていた」

そうです。このときムロツヨシさん中村倫也さんに次のように言いました。

『お前どうしたいんだ? お前は何がしたくて何になりたくて、そのために今何ができて何してんの?』

ところがこのムロさんの問いかけにその時の中村倫也さんは答えることができませんでした。 デビューした頃は「こういうふうになりたい」という夢もあったというのに、中村倫也さんはムロツヨシさんの問いかけ答えられない自分自身に愕然としたそうです。

しかしその瞬間はムロツヨシさんに言い返せない自分自身に腹が立って、その質問をしてきたムロツヨシさんと大喧嘩してしまいます。

しかし中村倫也さんは

『これは答えられるようにならないと、できないな今後』

と思い直し、ムロツヨシさんを呼び出して宣言をしました。

「面白い役者になりたいが、そのためには逃げずに売れることも考えなきゃいけない」

ムロツヨシさんに頑張ることを宣言した中村倫也さんはその時から徐々に暗黒時代を抜け出すことができたのです。

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中村倫也のブレイクのきっかけ

 

 

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5年間にも亘暗黒時代を抜け出した中村倫也さんがブレイクする機脚気となったのがNHKの朝の連続テレビ小説「半分青い」と言われています。

けれど中村倫也さんご自身がおっしゃるに「半分青い」で突然ブレイクしたわけではありません。「半分青い」の半年前に何かがあり更にその半年前にもブレイクの布石となるよう何かがあった。

ブレイクは急に来るものではなく、多分一年半くらいかけて降って湧いた幸運ではなく「何かが積み上がった結果」だそうです。

中村倫也さんはこれを芸能界という業界において、とおっしゃっていますが、私は芸能界に限ってではなくすべての業界において共通するようなことだと思います。そして多分そのようにじっくり実力を育てた結果ブレイクした人、というのは「実力」が根底に育っているので、どの業界においてもそのブレイク後が長く続いているのではないでしょうか。

早く咲けば良いわけではないのです。

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まとめ

中村倫也さんは現在押しも押されもしない堂々たる俳優さんです。私は「珈琲いかがでしょう」の中村倫也さんが大好きでした。温かくてかっこいい!

順風漫歩でここまで来たと思われがちですが、実は中村倫也さんにはご本人が言う「暗黒の時代」がありました。ブレイク前に20~25歳までの約5年間、テレビや映画の仕事が全く来ない時代があったのです。

それの暗黒時代を脱曲するキッカケとなったのはムロツヨシさんの『お前どうしたいんだ? お前は何がしたくて何になりたくて、そのために今何ができて何してんの?』という一言でした。

中村倫也さんはたまたま俳優さんですが、このムロツヨシさんの一言はすべての人に共通するスケールだと思います。何かに迷ったとき、何かを決めるときこのムロツヨシさんの言葉を自分自身に問いかけてみると、正解が出るような気がしました。

私も、ムロツヨシさんのその言葉を時折、自分に問うてみようと思います。

 

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