瑛人 「ハッピーになれよ」は実話?家族構成(父母兄)のまとめ!

瑛人 未分類

「香水」で一躍有名になった瑛人さん。

とってもインパクトのある曲で一度聞くとそのフレーズを歌いたくなるような歌を瑛人さんは歌いますね。

「ハッピーになれよ」もまたそういう印象の曲ですね。

明るい曲想で、歌詞もポジティブなのによ~く聞いていると、結構とんでもないことが起こった家族の歌で、実はこの家族は瑛人さんの実家の話を元に作った、とのことです。

そんな波乱に満ちた瑛人さんの家族について。

Sponsored Link

瑛人さんの「ハッピーになれよ」は瑛人さんの実家の歌!

瑛人さんが歌うレゲエ風の「ハッピーになれよ」は聞いていると、エッ?と思うような部分もあり、

結構ドラマチック?で楽しいですね。

でもこれがこれが瑛人さんの実話に基づいていると知り「苦労したんだな~」と思います。

でもそれを明るくレゲエにしてしまうところが瑛人さんの素晴らしいところ!

ハッピーになれよ、と繰り返される歌詞が、なんだか今の世の中をはげましているようで、私は結構好きです。
もういいべ、と言うところも諦め、というより今まで頑張ったじゃない、というねぎらいにも聞こえます。
それにしても、壁に穴が開いたり冷蔵庫がでこぼこになったり、結構激しい実家で瑛人さんは育ったんだな~!と思います。

瑛人さんが小学2年生の時に母子家庭になった

瑛人さんは横浜市の出身で、幼い頃は父母と2人の兄の5人家族でした。

「ハッピーになれよ」の歌詞と同じですね。

が、瑛人さんが小学2年生の時にご両親は離婚をしました。

原因は「ハッピーになれよ」から推測するに、お父さんがエキサイトしやすいお人柄(笑)だったためでしょうか・・・。

今は瑛人さんは笑い飛ばしていらっしゃいますが、当時は結構大変だったのではないでしょうか?

Sponsored Link

瑛人さんの父親

瑛人さんの父親の詳細は分かっていませんが、「ハッピーになれよ」から想像するとなかなか大変そうな男性らしいですけれど・・・。

離婚して2年後には新しい女性と暮らしていたところを瑛人さんが目撃したそうです。

それを思うと結構モテる人なのでしょうね。

瑛人さんが作詞作曲をすることを思うとお父さんも音楽を好きなんじゃないかと思いますが、音楽とは無縁のようです。

 

瑛人さんの母親

 

瑛人さんの母親の職業は

瑛人さんのお母さんは、離婚後3人のお子様を女手一つで育てるために昼間は介護施設、夜はスナックで働いていらしたそうです。

一人の子供を育てるのも大変なのに3人を女手一つで、となるとどれほど大変だったか、と思います。

瑛人さんのお母さんが働いているスナックは神奈川県横浜市旭区鶴ヶ峰にある「スナックR45」というお店だそうです。

現在も働いていらっしゃるかは不明です。

瑛人さんのお母さんは地元で評判の美人、ということです。

 

瑛人さんの音楽を最も応援してくれるのが瑛人さんの母親

瑛人さんのお母さんは、瑛人さんの「香水」が世に出てからそのランキングをものすごく気にしてLINE MUSICを常にチェクしたり、インスタを見たりしているそうです

ミュージシャンの母親ともなれば皆さまそうなるのかもしれませんが、母子家庭だったということもあり、愛情深く育てられたのだと思います。

もう今はお母さんより瑛人さんの方が勿論収入もあるでしょうから、瑛人さんがお母さんを支える側なのだと思いますが、きっと精神的にはいつまでも母を息子を思っているのでしょうね。

瑛人さんが4年生の時に母親に曲を作って歌っていた!

瑛人さんが2年生の時にご両親は離婚をされたのですが、その後も瑛人さんは毎週日曜日にはお父さんの家に遊びに行っていたそうです。

離婚すると別れた親とは会えない状態になる人も多い中、父子の交流を絶たなかったということに瑛人さんの母親と父親の、おおらかなお人柄を感じます。

けれど、離婚後2年ほどして、お父さんの家に遊びにいった瑛人さんは、お父さんに新しい恋人ができたことを知ることになります。

これは瑛人さんにとてとも悩ましいことだったのかもしれません。

どうやってその事実をお母さんに伝えようか?

そこで瑛人さん歌を作ってお母さんに伝えました。

その時の曲が「ハッピーになれよ」の元になっているそうです。

《2年前はいつも一緒だったのに 今はもう違うんだ他のヤツといるよ♪》

《2年前はずっと一緒だったのに 2年前はよかったね ハッピーになれよ♪》

この歌を瑛人さんはお母さんとお風呂に入っているときに歌ったそうです。

おそらく瑛人さんはお母さんを傷つけないように言いにくいことを歌にしたのでしょうね。

多分瑛人さんは心配だったのでしょう。

大好きな母ちゃんは大丈夫か?って。

でも、その心配はよそにお母さんはその歌を聞いてすごく笑ったそうです。

お母さんはもう割り切って乗り越えられていたのでしょうね。

でも、こういう時に曲を作って歌って伝えるという発想がこの段階で稀有な才能だと思います!

なんとこの曲を作ったときは瑛人さんが小学4年生の時、というので驚きです。

既にこのとき才能は開花していたではないですか!

Sponsored Link

瑛人さんの2人の兄

瑛人さんには2人のお兄さんがいらっしゃいます。

瑛人さんが小学2年生の時にご両親は離婚をされましたが、お兄さんがお二人いいらっしゃったことから、たぶん瑛人さんは随分と救われたのではないでしょうか?

寂しさも2人の兄のお陰で半減したのではと思います。

 

瑛人さんの祖父は音楽好き!

その代わり、と言っては何ですが・・・瑛人さんのおじいさんが音楽がお好きだったそうです。

その影響で家にはビンテージのスピーカとかギターがあったというので、音楽の才能を伸ばすには良い環境でしたね。

その音楽好きのおじいさんは瑛人さんにアコースティックのギーターをプレゼントしてくれました

瑛人さんが歌手になって一番喜んでいるのはそのおじいさんかもしれませんね。

 

瑛人さんの再従兄弟(はとこ)もミュージシャン!

また瑛人さんの再従兄弟(はとこ)にもミュージシャンがいます。

ロックバンド「ACE COLLECTION」のボーカリスト・たつやです

一族から2人のミュージシャンを出すというのはすごいことですね!

Sponsored Link
タイトルとURLをコピーしました